アルツな母を介護するOL子育て日記

アルツハイマー型認知症の実母は9年過ぎました。要介護1と要介護2を行ったり来たりして、現在は要介護2。確実に症状は進んでいるのに介護度が増減するのはなぜ?介護の理想と現実のギャップに悩みながらも希望と感謝の日々。3人の子供達の母であり正社員で働いていて、年を重ねる毎にどんどん前向きになる超元気OLです。

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思ひ出

お子さんが大学進学などで親元を離れてしまい、
今は、自分の為だけに時間をさいている社内の人に
「かめとムクさんは、お子さんが大きくなって
自由な時間が増えたでしょう。」と言われ、
返事に困りました。

確かに、一番上の子が遠く離れたところへ入学し
そばには二人の子供しかいません。
はた目には手のかかる子が一人減ったと思いますよね。
子供だったら、成長と共にできる事が増えてきて
親の負担も減っていきます。
でも、我が家には子供以上に手のかかる大きな子供がいます。
そして、育児とは逆に日増しに手がかかっていきます。

ゴールの見えないトンネルを延々歩いているようです。

会社には母が認知症になった事を話していません。
私の会社には、介護とは無関係な人ばかりです。
社外の友人に介護の大変さを話したら
「ドラマでそういうのあるけど、本当にそんな事あるんだね。」と
言われ、やはり、介護をした事がない人には、この大変さは
分かってもらえないと思いました。
事実、数年前までは私もそうでした。


私が保育園児だった頃の事。
その日は遠足でした。
みんな、お母さんと一緒に遠足。
でも、私は近所の親戚のおじいちゃんと一緒。
父は田植えと稲刈りの時期以外は県外へ出稼ぎに行っていて、
留守を守る母は、田畑の仕事とパート勤めで
休む暇もない。だから、ご近所のおじいちゃんが
代わりに遠足の付添でした。

お昼、そのおじいちゃんが持ってきたお弁当を一緒に食べました。
お弁当にはおいしそうな卵焼きが入っていました。
当時、貧乏な我が家にとって、卵焼きは大変なご馳走でした。
平成生まれの人にはその気持ちが分かってもらえないかもしれませんが。

その卵焼きを食べるのがもったいなくて、一番最後に食べようと
我慢しながらお弁当を食べていました。
すると、そのおじいちゃんがあっさり食べてしまい、
本当に残念な思いをしました。
ずっと後で聞いたのですが、私が卵焼きを嫌いなのだと思って食べたとの事。

参観日にはほとんど来てもらった事はありませんでした。
小学校は給食がありましたが、中学校からは弁当持参でした。
私は一日の中で、お弁当の時間が一番嫌いでした。

お弁当箱を開けると、白いご飯に梅干しと焼いた魚半分、
きゅうりなどの漬物、毎日、そういうお弁当でした。
他の人達は卵焼きやウインナーやミニトマトやハンバーグなど
とにかく彩りよくおいしそうなお弁当で、自分の弁当を見られるのが嫌で、
お昼は息がつまりそうな時間でした。

がさつで教養がなく、お弁当作りも下手で田舎者。
見た目も良くない。どちらかといえば清潔な方ではない。
そんな母ですが、家族の為に一生懸命働いていました。

母が認知症になった今、親孝行をしなければいけないのに
いつもぼーっとしていて、何を着れば良いのか、
何を今すれば良いのかが分からなくなっている母に対して
むかついたり怒ったりしている私は、本当に親不孝者です。
優しい言葉をかけてあげなければと思うのですが、つい、
意地悪な態度をとってしまいます
他人から見れば、「なんて事しているの!」と言われそうです。

夜、布団の中で明日はもっと優しい態度でいようと決心します。
朝、目覚めた時も、今日こそはと思っています。
でも、またいつもと同じ繰り返しです。

今、介護をされている方はどのような気持ちで接しているのでしょうか
どうしたら優しい態度で接することができるのでしょうか。

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